ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)は、1923年のミュンヘン一揆が失敗してから、合法的な方法による権力掌握を目指した。

彼らはどのようにして、国会で躍進を果たし、ヒトラーによる独裁体制を合法化していったのだろうか?彼らが選挙で用いたポスターをご覧いただこう。

1、国会選挙(1930年9月14日)

1929年、テューリンゲン州議会選挙で大幅な議席を獲得したナチスは、翌1930年におこなわれた国会選挙で大躍進を果たす。それまで12議席だったナチスは、107議席を獲得し、社民党に次ぐ第2党となった。

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2、ドイツ大統領選挙(1932年4月10日)

1932年ドイツ大統領選挙は、ヴァイマル共和政における最後のドイツ大統領選挙となった。ナチスのアドルフ・ヒトラーは、4月10日におこなわれた決選投票でパウル・フォン・ヒンデンブルクに敗北したが、その存在感は大きく増していた。

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3、ドイツ国会選挙(1932年7月31日)

1932年7月ドイツ国会選挙で、ナチスは早くも第1党へと躍進を果たす。この選挙で国会を手中に収めたナチスは、9月12日の本会議でパーペン内閣不信任案を可決し、国会解散に追い込む。

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4、ドイツ国会選挙(1932年11月6日)

この選挙で、ナチスははじめて躍進に足止めがかかり、議席を230から196へと後退させる。しかし依然として第1党としての存在感は高まっており、ヒトラーはますます国会の掌握へ力を入れていく。

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5、ドイツ国会選挙(1933年3月5日)

ナチスは第1党であったものの、いまだ国会の過半数は獲得していなかった。そこでヒトラーは、首相就任からすぐに選挙を実施。共産党が非合法化されたこともあり、ナチスはついに単独過半数を獲得することになった。

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6、住民投票(1934年8月19日)

フランスとドイツの間にあるザール地方の帰属を決める住民投票の際のポスター。1935年1月13日にザールはドイツ領に復帰した。

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7、時期不明(1930年代)

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写真:ja.wikipedia.org
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