1973年4月8日に91才で亡くなったピカソが、1961年からその死までを過ごした南仏ムージャンの邸宅「Mas de Notre Dame de Vie」が競売にかけられることになった。晩年も制作意欲が衰えず、数々の作品を残したピカソにインスピレーションを与えたといわれるこの邸宅、その歴史的価値は計り知れない。

カンヌの海を望む超高級住宅地に建ち、海を見渡せる庭園、3階建てに32のサロン、15の寝室、12のバスルームがある「ピカソの家」は、彼が住んでいた当時は総面積が1709平米あったそうだ。

競売額は2000万ユーロから

2年に及ぶ修復を終えて、2017年10月12日に競売にかけられる。競売額は、邸宅の価値に加え歴史的なエピソードも加わるため2000万ユーロから始まると、邸宅を管理する「LuxuryEstate.com」は発表している。競売に参加したい人は、9月22日から9月29日のあいだに、邸宅の見学が可能、としている。

ピカソが亡くなったあと、この邸宅を相続したピカソの最後の妻ジャクリーヌ・ロックは、邸宅内がピカソが亡くなった当時のままに保存されることを望んだといわれている。そのため、邸宅内はピカソが使っていた眼鏡まで彼が最後に手を触れ置いた場所のまま残されていたそうだ。ピカソよりも46才年下であったジャクリーヌ・ロックは、1986年に自殺。

その後、このムージャンの邸宅は30年以上も放置されてきた。内部には、ピカソが晩年に描いた作品も飾られており、その価値だけで10億ユーロを超えるとも噂された。

建築家により改装、競売へ

2007年、ベルギー人建築家のアクセル・フォーヴォルトがこの邸宅を購入・改築。フォーヴォルトは、100人以上の作業員を指揮し邸宅は総面積1800平米を誇る近代風の豪奢なヴィッラとなったが、内部の構造はピカソが住んでいたときのままとなっている。

とくに、ピカソが注意力の散漫を嫌い、夜に制作活動を行っていたといわれる彼の「仕事部屋」は、非常に広く邸宅の主役といってもいい存在感がある。

ピカソが住んでいた、というだけではなく、何世紀も生き抜いてきたオリーブの木々、歴史あるバラ園、噴水、テラスなども含まれるこの邸宅、落札額が注目されている。

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