イタリア紙コッリエーレ・デッラ・セーラは、ルネサンスの天才レオナルド・ダ・ヴィンチが鏡文字で残した「やるべきことリスト」について報じている。

当時レオナルドは38才。まだまだ物忘れがはじまるという年齢ではないものの、天才レオナルドともいえども「やるべきことをメモしておく」という習癖があったのだと思うと親近感がわく。

また、当時のレオナルドはパヴィアに滞在していたようだが、ミラノにおける「やるべきこと」を多く記している。

1. ミラノとその周辺を計測する

1490年、ミラノを襲ったペストの大流行の直後、おそらくミラノ公イル・モーロからの依頼であったのか、ミラノの街の都市計画の第一歩として「ミラノとその周辺を計測する」というメモが、1490年のアトランティコ手稿に残る。

2. コンドゥシオ広場方面にある文具商で、ミラノとその教会についての書籍を購入する

所有する書籍が多かったことでも有名なレオナルド、当時の書籍は大変高額な貴重品あった。彼は、書籍についての情報とそれを販売する商人の情報にも精通していたことがわかる著述が多々あり、これもその一つ。

3. ミラノ宮廷を計測する

ミラノの公爵の住居スフォルツェスコ城の改築にあたり、レオナルドは場内の宮廷部分の計測をしなくてはならないとメモしている。

4. スフォルツェスコ城を測量する

上記の記述のあとに、城全体の測量もしなくてはならないとメモ。

5. 三角形の線を引く

設計にも携わっていたレオナルドは、数学にも興味があり、さまざまな図形のスケッチを残している。面白いのは、レオナルドもさまざまな専門家に教えを請うていたことがメモからわかる点で、この三角形については「そろばんの教師に見せて教えを請うこと」と書いている。

6. 比例論について学ぶ

1509年に、数学者ルーカ・パチョーリの著作「神性比例論」の挿絵を描いたことでも有名なレオナルドは、「ファツィオ先生のところで比例論について学ぶこと」というメモを残している。この「ファツィオ先生」とは、中世のスコラ哲学者ジョン・ペカムの著作「光学通論」を1482年に監修したファツィオ・カルダーノのことで、レオナルドが多くの学者たちと親交があり、彼らの学識に敬意を表していたことがわかる。

7. 「重量について」の書籍を探す

レオナルドは、さまざまな発明のために有用な知識を得るために、重量のメカニズムについて勉強したいと思っていたようだ。ブレラにあるベネディクト修道院内で、13世紀の数学者で科学者であったヨルダヌス・ネモラリウスの著作「重量について」を僧侶から借りること、とメモしている。

8. 臼砲の固定方法を考える

兵学にも興味があったレオナルドは、当時の戦争で必須となっていた大砲について研究をしていたらしい。「アントニオ先生に、城塞においてどのように臼砲を固定するのか教えを請う」というメモが残る。

9. 氷上での移動手段を模索する

レオナルドといえば、ヘリコプターをはじめとする近代の交通手段を思いついた人としても知られているが、レオナルドは氷の上をすべる「乗り物」についても模索していたらしい。「フランドル地方では氷の上をどのように移動するのか、ベネデット・ポルティナーリに聞いてみること」とレオナルドは書いている。ベネデット・ポルティナーリは、レオナルドと同じフィレンツェ出身の大商人で、フランドル地方にもしじゅう出張していたようだ。

10. 太陽の大きさを知る

天文学ももちろん、レオナルドの興味の対象であった。ジョヴァンニという教授に、太陽の大きさを知るための許可を得たという記録があり、それを忘れないために「ジョヴァンニ先生のところに太陽の大きさについて教えを請いに行く」とメモしたようだ。

こうしてみると、レオナルドはその道の大家に教えを請うことを率先して行い、決して孤高の天才という枠にとどまっていないことがわかって面白い。また、同郷の商人に出張先の風景を尋ねるなどほほえましいエピソードもかいま見えるメモだ。

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