ラファエロがバチカンに残した「ラファエロの間」のひとつである「コンスタンティヌスの間」の修復中、フレスコ画の下から2人の女性像が発見された。

ラファエロによる女性像

「コンスタンティヌスの間」は、1520年にラファエロが死去したあと弟子たちによって完成された作品であり、発見された2人の女性像もラファエロかあるいは弟子たちが描いたものか、調査の結果が待たれていたが、まさにラファエロによるものだと判明した。

バチカン放送局が6月30日に特ダネとして報じた内容によれば、この2人の女性像は「友情」と「正義」の寓意として描かれたもので、推定制作年は1519年から1520年。ラファエロが亡くなる少し前に、描かれたようだ。

2人の女性像と清掃・修復作業の様子は、以下から見ることができる。

2015年の発見から2年

数年前から大々的に始まった「ラファエロの間」の修復・清掃作業中、過去の修復で埋もれてしまった女性像が発見されたのは、2015年3月のことであった。当初から、その女性を描いた線が非常に洗練されていたことから、ジュリオ・ロマーノやジョヴァン・フランチェスコ・ペンニといった弟子たちではなく、ラファエロ自身が描いたものではないかと噂されていたのである。また、1500年代の古文書からも、ラファエロが油絵具で二人の女性像を描いたことが確認されていた。

そして、今回の調査でこの2人の女性は「ラファエロ作」と認められた。史料と作品が合致し、さまざまな国から研究チームの一員として参加していた学者たちの喜びもひとしおのようだ。

実際、弟子たちが仕上げた「コンスタンティヌスの間」の人物像と比べても、今回ラファエロ作と認められた人物像は突出した技術を誇っているという。松ヤニを使った技法はラファエロ独特のもので、常に新しい技術を生み出そうとしていたラファエロが死の直前まで挑戦を続けていたことを裏付けている。

コンスタンティヌスの間とは

ちなみに、「コンスタンティヌスの間」はバチカン内でも重要度が高い宴会や枢機卿の任命のために使用された格式のある部屋である。1517年に、メディチ家出身の法王レオ10世によりラファエロに制作が委託されたもので、4つの部屋がある「ラファエロの間」の中で最後に制作が始まったため、1520年のラファエロの死のさいには、未完で終わっていた。

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