作品概要

石切場の聖母子》は、画家のアンドレア・マンテーニャによって描かれた作品。制作年は1488?年から1488?年で、フィレンツェ ウフィッツィ美術館に所蔵されている。

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ジョルジオ・ヴァザーリによると、アンドレア・マンテーニャは1488年から1490年までローマ法王インノケンティウス8世の招聘でローマに滞在し、ヴァティカンの仕事に従事していた。その間に描かれたのが「石切場の聖母子」で、伝説によるとロレンツォ・デ・メディチの依頼であったという。後に、トスカーナ大公フランチェスコ・デ・メディチのコレクションとなり、現在もフィレンツェのウフィッツィ美術館の所蔵である。

しかし、作品に描かれた緑の少ない背景は、マンテーニャが生涯描き続けたものであり、現在も制作年については諸説がありはっきりしたことは不明のままである。

聖母子は岩山の頂上らしき場所に描かれている。後にイエスが十字架にかけられたカルヴァリオの丘ではないかと推測される。「石切場の聖母子」と呼ばれるようになった由来は、聖母子の右側の背景に描かれている石を切り出す職人たちの姿である。大理石の柱や、イエスの運命を予測するように棺が切り出されているのがわずかに見える。一方、聖母の左手は空間と道が広がり、羊飼いたちの姿が見える。その奥には、城壁に囲まれた城と街が描かれている。

左右の背景が対照的に明暗で描かれているのは、キリストの犠牲による贖罪の象徴である。あいだに聖母子を挟み、つまりキリスト教会を通じて、人々は贖罪が可能になることを示している。

背後に描かれた城塞の都市については、トスカーナのカッラーラ、ヴェネトのボルカ山、ヴェローナ、ヴィツェンツァがモデルになっているなど、さまざまな説がある。

また、背景の空の色は透明感を感じさせるマンテーニャ独自の色で、遠くに見える景色もその透明感の中にかすんでいるように見えている。

《石切場の聖母子》の基本情報

  • 画家アンドレア・マンテーニャ
  • 作品名石切場の聖母子
  • 制作年1488?年-1490?年
  • 製作国イタリア
  • 所蔵フィレンツェ ウフィッツィ美術館 (イタリア)
  • 種類テンペラ画
  • 高さ32cm
  • 横幅29,6cm
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