作品概要

聖母マリアの死》は、画家のアンドレア・マンテーニャによって描かれた作品。制作年は1460年頃年から1460年頃年で、マドリッド プラド美術館に所蔵されている。

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1460年頃にアンドレア・マンテーニャが描いたとされる「聖母マリアの死」は、マンテーニャがマントヴァ侯爵から初めて受けた注文と言われている。契約は1457年頃に結ばれたと言われており、作品はマントヴァのサン・ジョルジオ城内にあるルドヴィーコ・ゴンザーガ侯爵のプライベートな礼拝堂に飾られていたようだ。制作当時は現在残る姿よりも大きく、絵画に描かれた背景が城の窓から遠くを眺めているような趣向となっていた。

16世紀に入ってサン・ジョルジオ城の改築がはじまり、ルドヴィーコ・ゴンザーガの私的な空間は撤去された。そのため、部屋を飾っていた絵画も散逸した。

マンテーニャが描いた「聖母マリアの死」は、1588年にフェッラーラの公妃エレオノーラ・ゴンザーガの私室を飾っていたという記録が残る。1627年に、英国王チャールズ一世が作品を購入、そのあとスペイン王フェリペ四世によって購入されて現在はマドリッドのプラド美術館に所蔵されている。

マンテーニャは「聖母マリアの死」を、キリストの母の死としてではなく、奇跡もドラマチックな演出もない一老女性の死というオリジナリティーで描いている。

死せるマリアは、作品下部で横たわるように描かれる。その周りには、イエスの弟子たちが並ぶ。葬儀を司るように聖書を読んでいるのが聖ピエトロ、そのほかの使徒たちは名前がわかっていない。聖ピエトロの後ろで香油を持っている聖人、ろうそくを持って歌っている聖人が見える。また、聖母マリアの遺体に振り香炉で香をかけているのが聖ヨハネではないかと言われている。

聖母の死を象徴するかのように、光は窓から入ってきていない。作品下部の床面積が広くとられているのは、下から見上げる我々からみて絵の奥行がさらに深く見えるようにという技法である。作品の細部に至るまで、マンテーニャが生涯こだわり続けた写実があますところなく発揮されている。

1456年頃にマンテーニャが描いた「聖ゼノの祭壇画」において、その洗練された色遣いは絶賛の的となった。その後に描かれたこの「聖母マリアの死」は、さらに色調に円熟味が見られ、人物の動きも自然で格調高いものになっている。

《聖母マリアの死》の基本情報

  • 画家アンドレア・マンテーニャ
  • 作品名聖母マリアの死
  • 制作年1460年頃年-1462年年
  • 製作国イタリア
  • 所蔵マドリッド プラド美術館 (スペイン)
  • 種類テンペラ画
  • 高さ54cm
  • 横幅42cm
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