作品概要

草上の昼食》は、画家のエドゥアール・マネによって描かれた作品。制作年は1862年から1862年で、オルセー美術館に所蔵されている。

《草上の昼食》(当初は《水浴》と題された)は、1862年から1863年にエドゥアール・マネによって描かれた油彩画である。この作品は、裸体の女性と服を十分に身に纏っていない女性が、服を着た二人の男性と屋外で食事をしている、ある田舎の光景を描いている。

1863年のサロン(官展)に落選するも、マネは同年の落選展にこの作品と他の二点を出展する機会を得るが、この作品は世間から悪評を得て、議論を引き起こした。現在はパリのオルセー美術館に所蔵されており、この作品よりも寸法の小さい前作品はロンドンのコートールド美術研究所で展示されている。

主題

裸体の女性の体は鮮明に照らされており、見る人をまっすぐ見つめている。服を着た若い紳士二人は、会話に夢中で女性を気にも留めていない。彼らの前には女性の衣服、籠に詰められた果物、一つのパンが静物画のように配置されている。背景には、薄い服を纏った女性が小川で水浴びをしている。

この女性が手前の人物と比較して大きく描かれていること、また粗いタッチの背景に奥行がないことから、この作品は屋外ではなくアトリエでの一場面のようなと印象を与える。

これはアトリエの照明が広い範囲で照らされており、また影が描かれていないことからも説明が付く。さらに右側の男性は、ふさのような飾りの付いた通常屋内で身に付ける平たい帽子を身に付けている。

この絵画には、裸体の女性が2人の正装した男と何気なく昼食を楽しんでいる様子が描かれている。彼女の裸体は明るく描かれており、その視線は絵画の鑑賞者に向けられている。若くしゃれた服装をした2人の男は、会話をしているようであり、女性の事を気にしていない。

違和感のある作品

彼らの前には、静物画のように、女性の服とバスケットに入ったフルーツ、円形のパンが配置されている。背景では、薄着の女性が小川で水浴をしている。しかし、前面にいる人物と比較して、この女性は大きく描かれ過ぎているため、3人の上に女性が浮かんでいるかのように見えてしまう。

荒く描かれた背景は深さを欠き、鑑賞者は屋外ではなくスタジオの中にいるかのような印象を受ける。絵画の中にほとんど影がないため、幅広なスタジオライトで照らされているかのようであり、そのような点において、鑑賞者は屋内にいるかのような違和感を強く抱くだろう。右側の男性は、房飾りのついた平たい帽子をかぶっているが、これは、主に室内で着用されるものだ。

アカデミックの伝統への挑戦

現世的な主題を用いているにも関わらず、マネは、故意に208×264.5㎝(81.9×104.1インチ)という大きなサイズのカンバスを選んだ。これは通常、歴史的・宗教的・神話的な主題を描く時に用いられるものであり、当時のアカデミックで伝統的な型を打ち破るものであった。

彼は、筆の跡を隠そうとはしなかったので、いくつかの点で、この絵画は未完成のようにも見える。そのような点で、このヌード画は、カバネル(Alexandre Cabanel)やアングル(Jean-Auguste-Dominique Ingres)の描くような、なめらかで完成度の高い絵と大きく異なってみえるだろう。

裸体の女性が、正装した男達と何気なく昼食を食べている構図は、鑑賞者に倫理的に不適切な感情を抱かせるだろう。しかし、マネと同時代人であるエミール・ゾラ(Emile Zola)は、このような構図はルーヴル美術館の所蔵品と見比べれば珍しいものではない、と論じている。

また、彼は、絵画を観る事で起こるこのような見方は、マネのような分析的な画家の思惑とは異なるだろう、とみている。ゾラは、この点において、マネは絵を描く理由として、(結果的に)題材を選んだのだ、としている。

人物

本作品の風景は、サントゥアン(l’île Saint-Ouen)ではないかと推測されている。サントゥアンは、マネの実家のあるジュヌヴィリエ(Gennevilliers)からセーヌ川を挟んで向かい側にあるため、モデルとしてうってつけだからだ。

ヌードの女性は、明らかにビクトリ-ヌ・ムーラン(Victorine Meurent)をモデルにしており、彼女は彼のお気に入りの題材だった。後の作品の「オランピア」も彼女がモデルである。右側の男性は、マネの2人の兄弟であるユージーン・マネ(Eugène Manet)とギュスターヴ・マネ(Gustave Manet)がベースとなって描かれている。

もうひとりの男性は、マネの義理の兄弟であるオランダ人彫刻家のファーディナンド・レンホフ(Ferdinand Leenhoff)を元にして描かれている。このような事もあり、ナンシー・ロック(Nancy Locke)はこの絵画を、マネの家族写真のようだ、と表現している(5)。

バランスの欠如

多くの批評家が、この絵画の衝撃的な部分は、前面に位置している主題であるメインの3人と、後ろで水浴している女性との構図であり、そのバランスの欠如である、としている。構図を突き詰めていくと、ヌードの女性と他の2人の男性との距離や、並べて描くかどうか、など様々な構図を考慮する事で、より多くの対照的な表現をする事が可能である。

例えば、女らしい構図と男らしい構図の対比、裸と被服、白い色調と暗い色調といった対比を用いる事で、男性と女性の違いをより明確に表現する事ができる。その他にも、鑑賞者は、ヌードの女性がじっとこちらを見ている構図に、疑問を抱く事になるだろう。

インスピレーション

後の「オランピア」(Olympia 1863年)やその他の作品と同じように、マネの構成手法は、彼がそれ以前の画家から学んでいる事を示している。

この作品の主要人物の配置は、ラファエロによってデザインが描かれた後、マルカントニオ・ライモンディ(Marcantonio Raimondi)が彫刻した「パリの審判」(1515年)に由来している。

ラファエロは、美術アカデミーの保守派メンバーに好まれた芸術家で、彼の絵画は、フランスの国立美術学校であるエコール・デ・ボザールにおいて、授業の題材となっており、彼の最も優れたフレスコ画の52枚に及ぶコピーは、永久的に展示されている。

従って、「水浴」(Le Bain)は、多くの部分で反抗的な絵画である。それは、ルネッサンス期の最も名高い彫刻の神話的なシーンを、マネがいくぶん俗悪なパリの休暇中の人々に置き換えた事で、生意気にもラファエルの題材を利用した事になるからだ。

また他にも「田園の奏楽」(The Pastoral Concert)は、1510年にジョルジョーネ、もしくはティツィアーノによって描かれた作品(パリ、ルーヴル美術館所蔵)。この作品は、モネの絵画にインスピレーションを与えたと言われてきた。

学者達は、マネの「草上の昼食」に影響を与えた重要な作品として、ジョルジョーネの《嵐》とアントワーヌ・ヴァトーの《四人組》という2つの作品を挙げている。

ジョルジューネ、もしくはティツィアーノによる「田園の奏楽」(ルーヴル美術館)とジョルジューネの「あらし」である。これらの作品は、ルネサンス期の絵画として有名である。「あらし」は、服をきちんと着た男とヌードの女性がいる田舎の風景で、マネの「草上の昼食」の重要な先例となっている。

「田園の奏楽」は、より多くの部分が「草上の昼食」と似ており、2人の服を着た男達が、田舎の風景の中で座っており、そこには2人の裸の女性達がいる。「田園の奏楽」は、パリにあるルーヴル美術館のコレクションであり、従って、パリに住んでいたマネの勉強の題材になったかもしれない。

プルーストによると、彼とマネは、セーヌ川をぶらぶら歩いている時、川で水浴びしている女性を見つけた。この出来事が、マネにインスピレーションを与えた。マネは「私は、ジョルジョーネの女性と共にいる音楽家を模倣した。彼の絵は色調が暗い。地面が遠くつながっていく。私は、それを透き通る大気とセーヌ川で見た女性達で、再現しようと思った。」と語っている。

草上の昼食は、ジャン・アントワーヌ・ヴァトーの作品とも強い関係がある。マネのオリジナルタイトルである「水浴」は、当初、水の近くにいる女性に注目が集まるように描かれていた。この水浴中の女性の絵は、ヴァトーの「村人」(Le Villageoise)と非常によく似ている。ここでは、女性達が水のそばでかがみ込み、同時にスカートを持ち上げている様子が描かれている。マネが、この構図を採用した可能性は十分にあり、草上の昼食を発表する以前の、彼の長年のスケッチの中では、より明確にこのポーズが描かれている。

批評と論争

初めて草上の昼食が展示された時、そこには様々な反応があった。そして、この作品は様々な反響を起こし続けた。最初の反応は、遠慮のない拒絶で、それはパリのサロン(官展)からも落選展からも同じだった。多くの批判は、この作品に対する困惑に根ざしていたが、全ての批評がネガティブなものだったわけではない。

・オディロン・ルドン(Odilon Redon)は、この作品を好まなかった。プルーストの「失われた時を求めて」(Remembrance of Things Past)には、この点について議論する所がある。

・ル・プティ・ジャーナル(Le Petit Journal)の寄稿者であるキャプテン・ポンピリウス(Le Capitaine Pompilius)は、「男性を特徴付ける装飾は、田舎の風景を都会的に思わせるものがある。しかし、絵画としては未完成である」としている。

・現実主義者の作品の鑑賞者であるカスタニャリ(Castagnary)は、この作品を「いいスケッチだ」としている。しかし、作品の中に誠実さがない事と、題材の描写に解剖学的な正確さがない事を指摘した。また、彼は、マネの絵画技術を「しまりがない」と評している。

・ル・フィガロ(Le Figaro)の寄稿者であるアーサー・スティーブンスは、マネを優れた色彩士として賞賛している一方、マネは、この作品において形状と造形を疎かにしていると評した。

・トレ(Thoré)、ポール(Paul)、ルーヴェ(Louvet)は、この作品の色彩の持つエネルギーを愛したが、筆の跡が不規則であるという筆使いの粗さについても指摘した。

ある解釈によると、この絵画は、パリ西部郊外の大きな公園であるブローニュの森において、当時行われていた売春を描いている、とされている。当時、この売春はパリでは常識となっていて、絵画の題材としてはタブーと見なされていた。

今日でもブローニュの森は、19世紀当時と同じように、暗くなった後は、不品行で不正な性行為がはびこる場所として知られている。

主題に対する批評

・ルイ・エチエンヌ(Lois Étienne)は、この絵画をパズルのようだと評し、その一方で、ヌードの女性を「何も着衣していない裸の状態をしており、着飾った2人の男性を大胆に取り巻く、ある種の娼婦のようだ」としている。「2人の男性は、休日の高校生のような出で立ちで、彼らの素性を証明するかのように、大きな罪を犯している」と語った。

・アーサー・スティーブンス(Arthur Stevens)は、この絵画が何を言いたいのか、理解する事ができなかった。

・ディディエ・デ・モンショー(Didier de Montchaux)は、この題材を「かなりきわどい」と表現した。

・トレ(Thoré)は、ヌードを醜いと言い、主題としてきわどいと表現した。その一方で、右側の男を「屋外なのに詰め物の入ったひどい帽子を脱ぐという考えも思い浮かばない男である」とし、「このようないけ好かない動物のような男と、牧歌的な情景の持つ特性が対照をなしており、そこに衣服を脱いで水浴びする女性が加わり、ショッキングな印象を受ける」と語った。

・イギリス人画家でファインアートクォータリー(Fine Arts Quarterly)への寄稿者であるフィリップ・ハマ-トン(Philip Hamerton)は、この絵画が、特徴的で写実的な細部を描くラファエル前派の絵画とよく似ている事を指摘した。彼は、この構成がジョルジョーネの影響を受けている事を知っていたけれども、この構図には、マネのモダンリアリズムがよく現われている事も指摘した。マネやその他の似たような作家への彼の批判は、下品な男達とヌードの女性達の中に表れている、みだらな性質への反感に基づいている。

一般的な反応

1人のヌードの女性と3人の服を着た人達の作り出す独特の雰囲気は、様々な反応をもたらしたけれど、人物の相互作用の欠如と、それに加えてヌード女性の周囲との不調和は、一般的に不快感よりも笑いを引き起こした。

笑いは、その結果として性的な印象を抑える働きをもらたし、最終的に鑑賞者にとってこの絵画を険悪的な感情から遠ざける効果を引き起こした。

エミール・ゾラ(Emile Zola)のコメント

草上の昼食は、エドゥアール・マネによるすばらしい作品だ。彼は、風景の中に自然な壮大さを描き出す人物を配置する、という手法に気づいた。これは、全ての画家が追い求める優れた作品を作る上での欠かせない要素だ。この絵画を観れば、彼が、この困難を成し遂げ、優れた魅力を作り出した事を理解できるだろう。

この絵画には、いくらかの葉っぱ、木の幹が存在し、背景では、シュミーズを着た女性が川で水浴をしている。前景では、2人の若い男達が2番目の女性の向こう側に座っている。女性は、水から揚がったばかりであり、裸の身体を乾かしている。ヌードの女性は、この絵画の中で特に彼女を見つめる人々に衝撃を与えるだろう。神よ!なんとふしだらなのか。女性は、2人の被服した男性の間で、わずかな衣服も着用していない。このような絵画は、今まで観た事がない。

しかし、この考えは、大きな間違いなのだろう。ルーヴル美術館には、服を着た人とヌードの人が混ざり合って描かれている作品が、50以上も存在している。それなのに、ルーヴルの絵画をスキャンダル視する人はいない。大衆は「草上の昼食」のような真実の芸術的絵画について、深く考えようとせずに、さらなる批評が加えられるべきだ、と考えている。彼らは、絵画の中に、いくらかの人達がピクニックを楽しみ、水浴を終えている姿しか捉えようとせず、主題の配置の仕方に作者のふしだらな意図が働いている、と信じている。

それと同時に、マネも、単純に、活気に満ちた反論と大衆のそのような正直な反応を求めている。特にマネのような画家は、分析的な画家であり、とりわけ大衆を悩ませるような主題に没頭する事はない。画家達にとって主題とは、絵を描く上での単なる口実である一方、大衆にとっては、主題だけが価値あるものとして存在しているのである。従って、「草上の昼食」におけるヌードの女性は、画家が絵画に少し肉付けをするための要素として、そこにいるに過ぎないのだ。

この絵画で観るべきポイントは、草の上の昼食ではない。注目すべきは、巧妙に描かれた全体の景色であり、そこにある活力と細かさである。そして、前景が大きく描かれて濃密であり、背景は光が繊細に描かれている点にある。その他に注目すべき点としては、しなやかで強健な姿をしているモデルの、輝くばかりのしっかりとした肉体であり、さらには、背後で美しいシルエットのシュミーズを着た女性が、緑色の木々が茂る景色の中で、まだらに白く輝いている姿である。

一言で言えば、全体の調和がとれている。大気の質感に満ち、角に描かれている自然は絵の中に単純さをもたらしており、作家の中にある特質や希有な才能が、絵画の中へ見事なまでに表現されている(16)(17)。

ゾラは、この絵画とそれにまつわる論争を文章の形で彼の小説「制作」(L’Oeuvre)の中に描いた。

草上の昼食に影響を受けた作品

・エミール・ゾラによる「制作」(L’Oeuvre)という画家について書かれた小説の中で、主要人物であるクロード・ランティエ(Claude Lantier)の絵画が、架空の落選展に展示されるのだが、その作品がマネの絵画に似ている。

・クロード・モネ(Claude Monet)による「草上の昼食」(1865~1866年)は、マネの傑作に影響されて描かれた。

・フランス人画家のジェ-ムズ・ティソ(James Tissot)は、「四人組」(La Partie Carree 1870年)の中で、「草上の昼食」からヌードを排した穏便な風景を描いた。

・ポール・セザンヌ(Paul Cézanne)も同じテーマで「草上の昼食」(1876~1877年)を描いており、これはパリのオランジュリー美術館に展示されている。確かな事は言えないが、この作品の中にはマネの作品と同じ要素が多く混合して存在しているし、このタイトルの類似性について、セザンヌには責任があるように思われる。例えば、セザンヌの被服した女性のポーズは、マネのあごに手を置く女性と似ている。男性の姿は、セザンヌ自身に似通っており、マネの絵の最も右側にいる男性の仕草を模倣している(18)。セザンヌの絵画の構成は、ニコラ・プッサン(Nicolas Poussin)の「アンドロス島の大酒宴」(Bacchanal 1627~1628年)と似ており、ルーヴル美術館にある彼の作品は、セザンヌによって定期的に模倣されている。セザンヌの子供の頃からの友人であるエミール・ゾラは、セザンヌの「草上の昼食」は、エクス=アン=プロヴァンス(Aix-en-Provence)周辺の田舎を訪れた時の楽しかった思い出を表しており、それ以外のなにものでもない、と語っている(19)。

・マネの絵画は、ピカソ(Picasso)にも影響を与えている。ピカソは、20世紀の間にそれぞれの作品に対して多大な集中力を持って望み、数多くの作品を残した。27枚の絵画と、140枚のデッサン、3つのグラビア、彫刻のための厚紙で出来た模型といったものを1949~1962年の間に作り上げた(20)。ピカソは、いくつかのマネのテクニックを取り入れており、その片鱗が彼の作品である「アヴィ二ョンの娘たち」(Les Demoiselles d’Avignon 1907年)におけるヌード画への挑戦に表れている(5)。

・ゴーギャン(Gauguin)は彼の作品である「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」(Where do we come from? Who are we? Where are we going?)の創作において、明らかにマネのこの作品の影響を受けている。マネによるヌードの女性の描写とゴーギャンの描くタヒチの女性の間には、明確な関係性と類似点がある(5)。

・この絵画は、ジーン・ルノワール(Jean Renoir)による1959年に公開された同名の映画にも影響を与えており、Bow Wow Wow(イギリスの1980年代のニューウェーブバンド)のLP「See Jungle! See Jungle! Go Join Your Gang, Yeah. City All Over! Go Ape Crazy」(ジャングルを見ろ!ジャングルを見ろ!ギャングに加われ、イエ-。町のいたるところで!猿のように狂っていこうぜ)やEP「The Last of the Mohicans」(最後のモヒカン)においては、この絵画とほぼ同じ構図のカバー写真が採用されている。それに加えて、この楽曲のカバー写真に写っている裸の女性(リードシンガーのアナベラ・ルイン〔Annabella Lwin〕)が当時14歳だった事が、さらなる議論を巻き起こした。

・アラン・ジャケ(Alain Jacquet)は、芸術批評家のピエール・レスタニー(Pierre Restany)と画家のマリオ・シファーノ(Mario Schifano)を描いた一連の95作のセリグラフィーの中で、1964年にマネの「草上の昼食」のコピー作品を創作した。そのセリグラフィーの中のひとつは、ニューヨークのホテルチェルシー(Hotel Chelsea)に部屋の宿泊代金の代わりとして贈られ、それはロビーに飾られている。

ポール・セザンヌ(Paul Cézanne)草上の昼食、1876~1877年、オランジュリー美術館所蔵

ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin)我々はどこから来たのか、我々は何物か、我々はどこへ行くのか、1897年

パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)アヴィニョンの娘たち、1907年ニューヨーク近代美術館(MoMA)所蔵

《草上の昼食》の基本情報

  • 制作者:エドゥアール・マネ
  • 作品名:草上の昼食
  • 制作年:1862年-1863年
  • 製作国:フランス
  • 所蔵:オルセー美術館 (フランス)
  • 種類:油彩、カンヴァス
  • 高さ:208cm
  • 横幅:265.5cm
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