作品概要

悲しむ老人》は、画家のフィンセント・ファン・ゴッホによって描かれた作品。制作年は1890年から1890年で、クレラー・ミュラー美術館, オッテルローに所蔵されている。

本作を制作する2年ほど前から、ゴッホは現在でいう癲癇や躁うつ病に苦しんでいた。1888年のエールの病院での耳切り事件の後、一旦は退院したものの、症状が再発しサン=レミへ移って療養を続けた。本作はその時期の1890年に制作されたものである。完成は彼が自殺する2か月前の5月初旬であった。ゴッホは病気によって絵が描けなくなっており、4月の終わりを最後に、長年続けていたテオへ手紙を書くこともままならなくなった。しかし、この最後の手紙には、ゴッホが、悲しみと憂鬱に苦しみながらも少しだけ絵が描けるようになったことが記されている。これが本作の制作のことを指すかどうかは定かではないが。

本作は、ゴッホ自身が以前に制作したリトグラフが基になっている。このリトグラフは1882年にゴッホが研究していた「worn out(疲れ果てて)」のシリーズの習作から制作されたものである。モデルは、当時ハーグの救貧寺院にいたアドリアヌス・ズイダーランドという退役軍人である。彼は自身が描いた素描をスケッチし直し、水彩で着彩もした。「疲れ果てて」はハーバート・フォン・ハーコマーの『チェルシーホテルの日曜日』という、当時有名であった版画から着想を得ており、ゴッホは1875年にイングランドを訪れた際にこれを観ていた。また、1883年にはこれらと同じポーズをとった女性の習作も制作した。

1970年にカタログレゾネにて「悲しむ老人:永遠の門」という題が付けられている。1998年にアメリカの神学者であるK・P・エリクソンは本作についてこう記述している。「完全な失意のうちにこぶしを握り締め、顔を覆いかがみこむこの主題からは、深い悲しみに押しつぶされた状態が見てとれる。ゴッホがつけた「永遠の門」という英題がなければ、きっと、本作は絶対的な絶望のイメージを表象していたであろう。最も深い悲しみと苦しみの時においても、ゴッホは、彼が作品に落とし込もうとしていたキリスト教的な信仰と永遠への信念を固持しつづけたのである」。

《悲しむ老人》の基本情報

  • 制作者:フィンセント・ファン・ゴッホ
  • 作品名:悲しむ老人
  • 制作年:1890年-1890年
  • 製作国:不明
  • 所蔵:クレラー・ミュラー美術館, オッテルロー
  • 種類:キャンバスに油彩
  • 高さ:80cm
  • 横幅:64cm
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