作品概要

日本趣味 花魁》は、画家のフィンセント・ファン・ゴッホによって描かれた作品。制作年は1887年から1887年で、ゴッホ美術館に所蔵されている。

1854年まで日本との交易はオランダが独占しており、日本からヨーロッパへの輸入品は主に陶器や漆塗り製品であったが、日米和親条約により日本は200年に及ぶ鎖国政策を廃止し、西欧と交易を開始する。マネ、モネ、ドガそしてゴッホのような画家は安価な浮世絵と呼ばれる木版画を買い集めた。しばらくの間、ゴッホと弟のセオは浮世絵の商取引を行い、最終的に数百枚を収集した。これらの浮世絵は現在、アムステルダムのゴッホ美術館に収蔵されている。

1888年、ゴッホは次のように書いた。「私は全ての日本の芸術にある究極の明快さを妬ましくすら思う。彼らにとって芸術はまるで呼吸をすることのように簡単な事だ。ベストのボタンを掛けるのと同じようにな気安さで、ほんの数本の、しかし自信に満ちた線を描くだけで形を表現することができる」。「日本趣味・花魁」の素早い描線からはゴッホが浮世絵を研究して得た細心の注意が見て取れる。

この絵は1886年の「パリ・イリュストレ」誌5月号(日本特集号)に掲載された、江戸時代後期に活躍した浮世絵師・渓斎 英泉(けいさいえいせん) の美人画「雲竜打掛の花魁」を元にしている。ゴッホはマス目を使って花魁の姿を模倣・拡大し、色鮮やかな着物を着せ、明るい黄色の背景を付けた。この女性の手の込んだ髪型と前で結んだ帯から、彼女は遊女であることがわかる。ゴッホは背景に睡蓮の咲く池、竹、鶴、蛙を額縁のように描いた。鶴と蛙はフランスでは遊女を示唆する。大胆な色彩と力強い輪郭はゴッホが独自に解釈した日本趣味(ジャポニズム)を的確に表している。

「パリ・イリュストレ」誌5月号を見たゴッホは「日本が我々に教えてくれるのは殆ど新しい宗教のようなもじゃないか。とてもシンプルでまるで彼ら自身が花々であるかのように自然の中で生きている。」「我々はもっと幸せにもっと快活にならなければならない。そうやって自然に帰らない事には、西欧の習慣や教育を受けた我々には日本の美術を学ぶことができない。」

《日本趣味 花魁》の基本情報

  • 制作者:フィンセント・ファン・ゴッホ
  • 作品名:日本趣味 花魁
  • 制作年:1887年-1887年
  • 製作国:不明
  • 所蔵:ゴッホ美術館
  • 種類:油彩
  • 高さ:105cm
  • 横幅:61cm
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