作品概要

聖パウロの改宗》は、画家のピーデル・パウル・ルーベンスによって描かれた作品。制作年は1620年から1620年で、所在不明に所蔵されている。

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「聖パウロの改宗」は1620年代にピーテル・パウル・ルーベンスによって描かれた十二使徒、パウロの絵画であり、現在は行方不明は紛失している。ポーランド王、ヴワディスワフ4世のために制作された作品である。フランスに住んでいたフランドルの彫刻家、ジェラルド・エドランクはアントワープにて、「ライオン狩り」「聖パウロの墜落」はポーランド王、ヴワディスワフ4世のために制作されたと確信していると語った。

1673年にモンテスキュー家に購入される以前の1669年、「聖パウロの改宗」はパリにてヤン2世カジミェシュへ譲渡された。その後1724年にニコラ・ド・ラモワニョンの手に渡り、1819年にジー・ハリスに購入されるまで100年以上の間フランスにあり、1903年にベルリン、絵画館により購入された。

1942年頃、安全のため「聖パウロの改宗」は、絵画館の他の展示品とともに、ベルリンにある防空塔、フリードリッヒシャイン高射砲塔へ移され、1945年の3月から5月の間に紛失もしくは破壊された。1945年の3月11日から5月2日の間、434点以外のすべての絵画はフリードリッヒシャイン高射砲塔からテューリンゲンの元岩塩鉱山へと避難された。

フリードリッヒシャイン高射砲塔は5月2日に赤軍に降伏し、絵画館警備員は自宅へ帰された。警備員は5月4日、5日に絵画館へ戻り、フロアのひとつが壊れていることを発見した。5月6日には侵入を妨げる熱と煙を上げ別のフロアが焼失し、その後5月14日から18日の間に、フリードリッヒシャイン高射砲塔は全焼した。

《聖パウロの改宗》の基本情報

  • 制作者:ピーデル・パウル・ルーベンス
  • 作品名:聖パウロの改宗
  • 制作年:1620年-1620年
  • 製作国:不明
  • 所蔵:所在不明
  • 種類:不明
  • 高さ:不明
  • 横幅:不明
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