作品概要

南海泡沫事件》は、画家のウィリアム・ホガースによって描かれた作品。制作年は1721年から1721年で、個人所蔵に所蔵されている。

『南海泡沫事件』は、本題を『南海泡沫事件の象徴的な絵図』といい、1721年にウィリアム・ホガースによって作成された版画であり、1724年に流行した。1720年から21年に発生した難解泡沫事件における経済的投機、汚職、そして盲信を戯画化した作品である。

南海会社は英国の株式社団で、無謀な国債利回り基盤の株価が暴騰した後に急降下させ、社会に大混乱を招いた。また、同社の経営陣が行った詐欺行為と閣僚の腐敗が明らかになると、政治的スキャンダルが続発し、様々な風刺版画の題材となった。在英仏人版画家ピカールやバロンらが最初にこの事件を題材にして風刺版画を作成し、ホガースは1720年に銀版画家エリス・ギャンブルの徒弟を終え、1721年に自らの習作として、また英国側からの反響として当版画を作成する。債務不履行のかどで1707年から5年間フリート監獄に拘留され、1718年に死亡した父への苦い思いを抱えたホガースは、敢えてそれを創作意欲へと昇華させたのである。

わざと奥に描かれたキリスト教的慈愛の象徴、聖ポール大聖堂を遮り、左手には巨人ゴグを抱くロンドンギルドホール、右手にはロンドン大火記念碑の上に謎の古典様式の柱が直立する一幕が絵の舞台である。柱では狐同士がいがみ合い、その下の根元には「1720年南海バブルで破壊された都市を追悼せんがためにこの記念碑を建立す」と言う文字が刻まれている。

手前中央を占める幸運の車輪の上には、左から娼婦、僧侶、靴磨き、老婆、肥えた顔の馬に乗るスコットランド貴族ら、南海事件に巻き込まれた様々な階級の人々を描いている。車輪の頂上には「乗る者はいでよ」と語るスローガンと山羊が乗せられ、軸の下では群衆がもみ合う。その手前で小柄のスリが大柄な紳士のポケットに手を突っ込んでいる。ロナルド・ポールソンの解釈によれば、前者が事件の難をからくも逃れて富を維持した詩人のアレグザンダー・ポープであり、後者が投資元本と利益を全て失い、生活のために追証金の支払いを拒んだ詩人ジョン・ゲイであるという。

車輪の描写からこれらに至る構図は、先行するフランス版画家の作品をパロディにしたものでもある。ギルドホールの向こうには、「一攫千金を引き当てた花婿をさらに引き当てるための宝くじはこちら」という掲示に導かれた女性たちが列をなしてバルコニーに並んでいる。一方、ギルドホールでは目隠しをされ、鋲で止められた髪からつりさげられた幸運の女神が、翼の生えた悪魔の鎌に切り刻まれている。悪魔はその肉片を使って大衆を餌付けする。左下の角では、カソリック、ユダヤ、清教徒の僧らが競争を横目に自らの権力争いに没頭している。

1人英国国教会の僧侶のみが、その右側で、「誠実」の擬人化である全裸の男が、「自己利益」の擬人化である獄吏の手によって車裂きにされているのをみとっている。その更に右で、仮面を外して股に挟んだ「悪徳」の擬人化が、柱に「名誉」の擬人化を拘束して拷問している。傍らには「猿真似」を意識したのであろう、紳士の剣と二角帽、「名誉」から奪った服を身に纏った猿が佇む。右隅下には、擬人化された「貿易」が、人々に無視され、生死も不明なまま静かに横たわっている。

前述のポールソンは、この版画を「英国人芸術家が初めて南海事件の描写をした作品」と述べ、リチェッティは「ホガースの子の絵から英国風の風刺版画が始まった」と定言している。

《南海泡沫事件》の基本情報

  • 制作者:ウィリアム・ホガース
  • 作品名:南海泡沫事件
  • 制作年:1721年-1721年
  • 製作国:不明
  • 所蔵:個人所蔵
  • 種類:版画
  • 高さ:22.2cm
  • 横幅:31.8cm
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